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HOME企業結合に関わる問題実体審査に関わる問題一定の取引分野

供給者と需要者が取引を行う場、つまり『市場』という意味です!

企業結合に関わる問題
独占禁止法における考え方

一定の取引分野というのは、供給者と需要者が取引を行う場、つなり市場と同じ意味です。合併により競争が制限されて違法という場合、どの範囲の競争が制限されるのかが、必ず問題になります。市場占有率、競争者の数、競争の実質的制限の有無などの判断は、全て、競争が実施される場所、すなわち市場が画定された後で問題となる概念です。

実務上も、どのように『一定の取引分野』である市場を画定するのかについての分析ついて議論が交わされることが少なくありません。

合併の適法性を判断する第1段階は、その合併により競争の実質的制限をもたらす市場が形成されるか否かを分析にするための一定の取引市場をどのように画定するかです。一定の取引分野の画定は、合併の適法性判断の基礎となる競争への影響の範囲を決定することであり、通常、合併審査における重要な争点となります。当事会社側は一定の取引分野をできる限り広く画定することを主張し、公正取引委員会は一定の取引分野をできるだけ狭く画定しようとします。一定の取引分野が狭く画定されれば市場占有率が高くなり、それだけ合併が認められにくくなるのに対して、広く画定されれば、市場占有率は低くなりがちですから、合併はより認められやすくなります。

合併を審査する場合の一定の取引分野は、商品(役務も含む)市場と地理的市場の2つの側面から判断されます。商品によっては、大手・中堅企業向けと中小企業向けとで取引実態や販売価格に優位な差がある場合には、それぞれ別の取引分野として画定されることもあります。取引段階が同じ競争企業間の合併は水平的結合であり、製造業、卸売業、及び小売業の各段階で市場が画定されますが、これは固有なものではありません。取引段階を異にする企業間の合併は垂直的合併と呼ばれ、市場の閉鎖性の観点から審査の対象となりますが、その場合でも一定の取引分野は商品市場と地理的市場の側面から判断されることになります。

米国反トラスト法における考え方

市場画定については、米国反トラスト法下の判例ですが、いくつか重要判例があります。

ブラウン・シュー事件(Brown Shoe Co. v. United States, 370 U.S. 294(1962))はその一つです。ブラウン・シュー事件は、米国反トラスト法の歴史の中でも極めて重要な判例の1つで、判決が出された当時は、ハーバード学派の影響の下に、厳格な数量基準による市場構造規制が興隆を極めた時代であり、また、ジェファソニアン的自由の価値を追求したウォーレン・コート(Warren Court)が最高潮の時代であり、中小商業者に対する競争機会の確保に反トラスト法の市場構造規制の主眼が置かれ、市場集中の排除が政策目的とされていました。このような政策目的は、1950年のセラー・キーフォーバー法の改正の目的、すなわち「独占的傾向を、その萌芽のうちに、またシャーマン法の発動を必要とするほどの影響を待たないうちに抑圧するため」という改正の目的(S. Rep. No. 1775、 8th Cong., 2nd Sess. 4 (1950))にも、如実に現れているものです。ブラウン・シュー事件は、セラー・キーフォーバー法によるクレイトン法第7条改正後、はじめて連邦最高裁判所により下された判断でもあります。ブラウン・シュー社は、本件当時、靴販売で全米3位、製造で全米4パーセントの市場占有率を誇っており、1230以上の小売店舗を展開していました。ブラウン・シュー社は、全米8位の販売シェアを誇り、製造で0.5パーセントの市場占有率を有する350以上の小売店舗を有するキニー社の株式を所有して結合したものです。競争当局は、この結合は市場での競争を減殺し、独占形成の恐れがあるとして1955年に訴追しました。これに対して、ブラウン・シュー社は、履物の用途、質や価格等の多様さから製品市場は多様であるし、製造分野でみれば地理的市場は全米であるものの、小売市場は多様であると反論しました。すなわち、ブラウン・シュー社は、市場を適切に画定すれば、製造・販売において競争は十分に行われていると主張したのです。これに対して、第一審裁判所は、現実から見て、紳士靴、婦人靴、子供靴は、それぞれ異なる製品市場を構成しており、地理的市場は、ブラウン・シュー社とキニー社の店舗が所在する人口1万人以上の都市およびその周辺であると認定しました。以上の市場画定を前提に、個々の市場を分析すると、全国的なチェーン展開による本件結合の影響は少なくなく、競争を減殺する恐れがあるとして、第一審裁判所は、キニー社の完全分離を命じたのです。第一審裁判所による関連市場の確定は誤りであるとするブラウン・シュー社の上告に対して、連邦最高裁判所は、垂直的結合について、靴製造および販売業界の産業構造に対して詳細な検討を加え、大手24社で約35パーセント、結合後のブラウン・シュー社を含む4社で約23パーセントを占めることになり、本件の結合が実現すれば、垂直統合が進んで小売における効果的な競争を阻害するとし、また、水平的結合については、第一審の市場画定を適切であるとした上で、第一審判決を全面的に支持しました。

本判決は、反トラスト法の保護法益として、市場機能の健全性のみならず、中小企業の保護を含めた判決として、シカゴ学派からは厳しく批判されることとなりました。ハーバード学派の影響の下に、厳格な数量基準による市場構造規制を前提とした分析を展開し、かつ、ジェファソニアン的自由を重視するWarren courtでは、1950年のクレイトン法7条改正の議会の意図は、中小商業等の平等な競争機会の確保にあり、市場集中の防止そのものが規制目的であるとと理解されたためですが、これは、経済的効率性を重視するシカゴ学派とは相容れないためです。しかし、2020年頃からのシカゴ学派による緩和された合併基準と富の偏在という実情に対する批判的検証、寡占的市場を避けることを重視するネオ・ブランダイス学派の下では再評価されるべき判決でしょう。

なお、本判決には以下の一節があります。連邦最高裁判所の合併規制に対する当時の考え方をよく示しているといえます。
・合併においては、当該産業の機能的特性に留意する必要がある。市場が集中しているか、集中していないか、有力事業者によって市場が支配されているか否か、供給者にとって市場へのアクセスは十分か、購入者による市場アクセスは十分か、現在参入を予定している事業者がいるか、新規参入に対する参入障壁があるかどうかなどである
・小規模の事業者が大規模の事業者に対抗するための合併、破綻に瀕している事業者の合併が禁止されるものではない
・有力事業者と合併当事者の市場シェアに関する統計資料はマーケットパワーの基本的指標
・合併の競争阻害的効果の蓋然性を分析するに当たっては、市場構造、歴史的要因、将来の参入の見込みを考慮する必要がある

EU競争法における考え方

EU競争法において関連市場を画定する主要概念は代替性であり、代替性は、需要の代替性と供給の代替性の両面から判断するのが特徴です。供給サイドにおける新規参入を重視すれば、関連市場は広くなり、需要サイドにおける顧客の同一性を重視すれば、関連市場は狭くなります。ある特殊な顧客層の代替性に着目すれば、関連市場はさらに狭くなります。EU競争法は、供給サイドの新規参入は市場画定後の関連市場への阻害性の問題として位置づけ、圧倒的に需要サイドを重視するので、市場を狭く画定しがちであるという特徴があります。EU競争法における市場画定の手法を述べた基本判例が、Michelin事件(Case 322/81 Michelin NV v Commission [1983] ECR 3461, [1985] 1 CMLR 282)における欧州司法裁判所判決です。同事件において、裁判所は、互換性・代替性の有無を、主として需要者の構造面から観察することを明らかにし、具体的には消費者グループの嗜好と同一性を重視するとしました。その上で、欧州司法裁判所は、
・市場画定は製品間の互換性によって決せられるところ、互換性はものの特性ではなくて、競争条件と、需要と供給の弾力性を重視して決するべきである
・新規タイヤと再生タイヤ間の互換性は存在するが限定的
・自動車製造業者からの注文で特徴付けられる新規タイヤ市場は特別の需要構造がある
・安全性・信頼性の点で、再生タイヤと新規タイヤの価値には差異があり、タイヤの使用において消費者層の重なり合いは限定されている
・乗用車向けタイヤと重量者向けタイヤはユーザーレベルで互換性はない
・業者ユーザー向けが特別の専門的助言を必要とする点でも、一般消費者向けとは異なる需要構造である
・乗用車向けタイヤと重量車向けタイヤは別個の生産技術を要し、生産ラインを変更するには多額の投資が必要であることからも、供給面での弾力性はない
と判断しています。その上で、欧州司法裁判所は、タイヤの輸送コストは商品価格の需要要素であるとし、輸送費用の差異は関連市場を区分する左様を有するとして、オランダのみを関連地理的として画定しました。なお、欧州司法裁判所は、供給面での代替性や弾力性を分析する際に、
・乗用車向けタイヤと重量車向けタイヤは生産技術が異なる
ことを重視すべきであると指摘しています。このように、供給の代替性・弾力性を許容する範囲も狭いことが特徴で、供給の代替性を認定して市場画定を拡張した事例はほぼないといえます。Hugin事件でも、他の競争者がHugin製のキャッシュレジスター用の補修部品を直ちに供給することは期待できないことを重視し、Hugin製のキャッシュレジスター向け補修部品の修理部品と他社製造製品の補修部品の供給との間に代替性はなく、Hugin製補修部品の製造販売市場を独立の関連市場として画定しています。供給の代替性を分析する際に、製品の供給開始までの時間はタイムリーであることが必須の前提であるとするのが欧州委員会の認定実務です。

また、特別な需要を有する消費者の傾向を重視すべきことについて言及したのが、United Brands事件(United Brands v Commission [1978] Case 27/76)です。同事件において、欧州委員会は、バナナを他の果物と区別し、バナナのみで関連製品市場を画定したが、その理由として
・バナナが通年を通じて供給され、バナナの供給が最も増える時期においてしか他の果物と競合せず他の果物との競争が限定的であること
・ある種の顧客にとっては、バナナを他の果物で代替することはできないこと
を挙げています。なお、地理的範囲の画定ですが、欧州委員会の伝統的な実務としては、欧州経済領域内において関連市場を定義するというものでしたが、グローバル競争の進展という社会の実態に併せて実務を修正し、域外市場を画定することも許容するようになっている。欧州委員会が2024年1月に公表した改訂版の市場画定告示においてもその点が指摘されている(例えば、パラグラフ44等)。但し、単なる輸入の存在や輸入開始の抽象的可能性だけでは、欧州経済領域を超えて市場の外縁を広く画定することは正当化されないと住専の立場を原則論として堅持している点にも留意が必要です。

このように消費者の傾向を重視する傾向はHoffmann事件でも踏襲されており、同事件では、ビタミン剤について、各種のビタミン毎にことなる関連製品市場を画定しました。その際に欧州委員会が用い、かつ、欧州司法裁判所が採用した論理が、各ビタミンはそれぞれ固有の機能を有しており、相互に競争関係になく、消費者の需要もそれぞれ異なり、それぞれの需要に弾力性が存在しないという点でした。
 
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