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商品市場の画定は、ユーザーからみて機能・効用が同種であるか否か、また、供給に要する製造設備に相違があるか否か等の観点から検討されます!
企業結合に関わる問題 |
独占禁止法における考え方
多種類の商品を供給している会社が合併する場合には、関係する多くの一定の取引分野について、合併の影響が審査されることになります。合併当事会社が共通の需要者層を対象として供給する同種の商品があれば、それが一定の取引分野を画定する際の出発点になります。公正取引委員会に提出する合併計画届出書では、当事会社が、国内の同一営業区域内で同一の商品・役務について競合する場合に、当該商品・役務を記載することになっています。一定の取引分野の画定は、ユーザーからみて機能・効用が同種であるか否か、また、供給に要する製造設備に相違があるか否か等の観点から検討されます。
当該商品と機能又は効用は類似しているが、別の市場を構成する代替品が存在する場合に、これを含めて一定の取引分野とみるか、それとも当該一定の取引分野に対する競争圧力とみるかは、販売網、需要者、価格等の面からみた代替の程度によります。需要者が同一目的に使用するために、合理的・経済的に相互代替しえる商品があれば同一の一定の取引分野に含められる。また、ある商品について多少の価格差により需要者がどちらでも選択している事情があれば、当該商品を含めて一定の取引分野が形成されることになります。同一設備によって生産されうる商品が一定の取引分野を形成するかどうかは、現実の供給代替性をみて判断されますが、一般には一定の取引分野としてではなく、競争の実質的制限を考える際の市場シェアの修正要因として考慮されることになります。
米国反トラスト法における考え方
米国反トラスト法では、商品市場の画定方法として、@伝統的な代替性分析とASSNIPの2つの手法があります。
伝統的手法に基づく商品市場の画定にあたっては、買手が、相互に実際の代替物であるとみなしているすべての製品を確定する必要があります。機能面で代替性があり(Functional
Interchangeability)、実際に、当該製品価格が上昇した場合に、買手が、容易に切り替えることのできる製品は、当然、同一の商品範囲に含まれます。2024年現在の裁判所の実務も、この方法を原則として採用しています。
ただし、1959年のプロボクシング事件以降、連邦最高裁判所は、商品範囲の画定にあたって、買手にとっての代替品入手の容易性という側面をより重視している点に留意する必要があります。他方で、機能面での代替性については、別個の製品間に合理的な代替性が存在し、かつ買手が、それぞれの製品を相互に代替品として使用できるときに、それぞれの製品が、別個の商品範囲を形成しているといえるためには、機能的特性の面で、看過し難い差異があることを示すことが必要であるという程度に、非常に緩やかに解釈されるようになっています。
商品範囲の画定にあたっては、関連市場のなかに、経済的実体として、より狭い範囲の、第二次関連市場(Relevant Submarket)が画定される場合があります。これは、ある商品市場の中に存在する、特定の商品に対する特別の嗜好を有する消費者のために関連市場の成立を認め、第二次関連市場において、市場支配力を有するものがこれを行使した場合には、第二次関連市場における競争法的効果を検討することを認める考え方です。両市場の関係について、わかりやすく述べているのが、連邦最高裁判例の中でも極めて著名なブラウン・シュー事件です。以下、該当部分を引用します。
「製品市場の外縁は、使用に際しての合理的代替性、またはその製品自体と代替品間の需要の交差弾力性によって決定される。しかし、この広範な市場内部には、明確にその範囲を確定できる第二次市場が存在し得、その場合にはそれ自体が反トラストの目的上は、製品市場を構成する。しかしてこのような第二次市場の外縁は、業界や大衆による別個の経済的な実体としての第二次市場の認識、製品に特有な特性や使用方法、特有の生産設備、明白な顧客、明確な価格、価格変化に対する微妙な反応、さらに専門化した売手の存在のような具体的な指標によって調べることができる。」
第二次関連市場という考え方に対して、米国の学説は批判的であり、しかも、Horizontal Merger Guidelineは第二次関連市場という考え方を明確に否定しています。ブランウン・シュー事件以後、連邦最高裁判所が、第二次関連市場という考え方を採用したのは、グリネル事件のみであり、近時に至るまで、かかる概念は、もはや採用されなくなったものと考えられていました。
ところが、近時、ステープル事件において、下級審裁判所が、第二次関連市場という考え方を採用するに至っていることには、実務上、注意の必要があります。すなわち、本件において、全米規模で事業を展開していた文房具のディスカウンターであるステープルとオフィスデポの両社は、合併を企図したが、連邦取引委員会は、当該合併が、Horizontal
Merger Guidelineの単独効果が発生する場合に該当するとして、合併の差止を請求しました。なお、全米規模で事業を展開していた文房具のディスカウンターとしては、上記2社のほかに、マックスがあり、3社は、熾烈な価格競争を繰り広げていたものです。しかし、文房具については、大規模店のほか、小規模店や通信販売など、多様なサプライソースが存在し、大規模店のみで関連製品市場が確定されることはないと考えられていました。ところが、裁判所は、大規模店の文房具の価格は、他の大規模店の価格のみによって影響を受け、小規模店の価格の影響を受けていないことから、大規模店のみで、関連製品市場を画定し、供給の代替性を重視して、関連地理的市場については、全米であるとした。その上で、裁判所は、全米における大規模文房具店の価格を地域ごとに区切ってみると、3社中2社、ないし3社で競争が行われている地域と比較して、1社が独占している地域の価格が明らかに高かったことから、合併により競争阻害的効果が発生する恐れがあるとして、合併の差止を認めました。このように、関連地理的市場が全米であるとしながら、関連地理的市場の一部について、価格の引上げが発生する可能性が存在する場合に、合併を差し止めることができ、単独の価格引上げが見込まれる関連市場を画定する必要がないという考え方は、第二次関連市場を認める考え方に近似するものです。
反トラスト法の実務ではクラスター市場という概念があることにも注意が必要です。これは部分市場とは異なる概念です。これは、商品やサービスそれぞれの間には互換性がないものの、これらがパッケージ商品として販売される場合に、当該パッケージ商品を関連製品市場として認定する場合を言います。連邦最高裁判所は、著名なGrinnell事件にてこれをこれを正面から認めるに至っています。同事件において、裁判所は、関連製品市場を認証済み集中警報システムによるセキュリティサービスと認定しました。これに対して、被告事業者は、強盗に対する警備サービスと、火災に対する警備サービス間に代替性も互換性もないので、別々の市場に属すると主張をしたものの、裁判所は、次のように述べてこれを認めませんでした。
・セキュリティサービスは財産の保全に関するサービスであり、認証済み集中警報システムは、火災・強盗等の各種のセキュリティサービススを組み合わせコンピューターによる集中管理で統合するという点で、その他の財産保全サービスと異なる特徴がある
・個別には代替性が認められない複数のサービスの組み合わせにより1つのクラスター市場が構成されることはクレイトン法7条の解釈上認められている。これは連邦最高裁判所の先例、具体的にはPhiladelphia
National Bank事件からも裏付けられる。同事件では、商業銀行業務が明確なサービス分野として位置づけられ、関連市場として画定されている
・警備員による警備保障はコストが高く、信頼性が低い。他の財産保全サービスは大企業や政府など大規模顧客しか利用できない。認証済み集中警報システムは、信頼性や使い勝手などといった点において、他のサービスでは代替的できない特殊性を有する
なお供給の代替性を考慮するのは、価格引き上げに対して、他の生産者からの余剰能力が振り向けられるために消費者層が異なっても、需要の交差弾力性だけでは、関連製品市場を画定することができない場合です。なお、以下で述べるSSNIPでは需要の代替性を中心に判断し、供給の代替性については、コミットされていない参入として市場シェアの算定の差異に分析対象となる点に特徴があります。
もう一つの考え方であるSSNIPテストに基づく、関連製品市場の画定方法について、平易に解説するのが1997年4月8日改訂版のHorizontal
Merger GuidelineのSection1.11です。以下のように述べています。
「価格差別がない場合、当局は、現在および将来における当該製品または製品群の唯一の売手である仮想の企業(独占者)が、「小幅であるが有意かつ一時的でない価格引き上げ(“small
but significant and nontransitory” increase in price)」を行って利益を得ることができるような製品群を製品市場として確定する。すなわち、買手が暫定的に区別された製品群の価格引き上げに対し、他の製品に代替することだけで対応できると仮定した場合、どのような現象が発生するのであろうか。代替品が既存の販売条件で多数の買手を十分に誘引するのであれば、当該価格引き上げは販売量を減少させ、利益をもたらさない結果となり、暫定的に決定された製品の集合は狭すぎたことになる。当局は、具体的に合併当事者が生産または販売する(狭く定義する)個々の製品群から調べ、当該製品の仮想の独占者が、「小幅であるが有意かつ一時的でない価格引き上げ(“small
but significant and nontransitory” increase in price)」を行い、他の製品の販売条件が一定ならば、どのような現象が生じるかを検討する。価格引き上げによって製品の販売量の減少が大きく、仮想の独占者に利益が生じなければ、当局は、合併当事者の製品に対し、次善の製品を製品群に加える(註:ガイドラインを通じて、「次善の製品」とは、以下のような選択肢を意味する。すなわち、もし一定の価格で無制限に入手可能であれば、「小幅であるが有意かつ一時的でない価格引き上げ(“small
but significant and nontransitory” increase in price)」)に対する反応として、需要をひきつける最大の価値を有する選択肢を意味する。)。製品引上に対する買手の考えられる対応を検討するにあたって、当局は次のものも含め関連するすべての証拠を考慮する。(1)買手が価格その他の競争条件の相対的な変化に対応して、購入する製品を替えたり、替えることを考慮したかに関する証拠。(2)売手が価格その他の競争条件の相対的な変化に対応して、買手が製品を代替するかどうかを考慮に入れて経営判断をしているかに関する証拠。(3)買手が直面する下流(市場)における競争への影響。(4)買手の切り替え時期とそれに要する費用。この価格引上げテストは、仮想の独占者が拡大された地域の製品群を支配することができるかどうかに関してなされる。価格引上げテストを反復するにあたり、仮想の独占者は製品価格の引上げをするかどうかを決定するに際して、利潤の最大化を追求するものと仮定する。このプロセスは、仮想の独占者が、合併当事者の製品価格を含む、「小幅であるが有意かつ一時的でない価格引き上げ(“small
but significant and nontransitory” increase in price)」により利益を得ることができるような製品群が確定されるまで続けられる。当局は、一般的に、製品市場はこの基準を満たす最小の製品群であると考える。上記の分析において、当局は、合併当事企業の製品およびその代替製品の現行価格を用いるが、合併前の行動が協調行動を強く示唆する場合には、競争価格をより反映した価格を用いる。しかし、当局は、価格の変化が合理的な信頼性をもって予見できる場合には、合併が行われない場合の将来の価格を用いる。価格の変化は、たとえば費用や需要に影響を及ぼすことによって直接または間接に価格へ影響を及ぼす規制の変化に基づいて予見できる。一般的に引上げが想定される価格は、調査対象である産業の取引段階における製品価格と考えられるものである。「小幅であるが有意かつ一時的でない価格引き上げ(“small
but significant and nontransitory” increase in price)」による影響を客観的に捉えようとするにあたって、当局は、ほとんどの場合、予見可能な将来まで継続する5パーセントの価格引上げを用いる。しかし、「小幅であるが有意かつ一時的でない価格引き上げ(“small
but significant and nontransitory” increase in price)」を意味するものは産業の性質に依存する。当局は5パーセント以上または5パーセント以下の価格引上げを用いる場合もある。」
SSNIPテストを用いて関連商品市場を確定する際に注意すべきは、価格上昇の出発点となる基準価格は、競争価格であり、既に、市場支配力の行使によって影響を受けて上昇をした価格を基準価格としてはならない点です。この点は、十分に留意する必要があります。独占的価格からの5パーセントの価格上昇を仮設すれば、競争価格との間で交差弾力性の存在しない商品までが関連製品市場に含まれ、その結果、関連製品市場が不当に広く確定されてしまう可能性があるからです。一般にthe
Cellophane FallacyやCellophane Paradoxと呼ばれる現象です。この点が正面から問題となったのがデュポン事件の連邦最高裁判決です(United
States v. E. I. du Pont de Nemours & Co., 351 U.S 377 (1956)。同事件において、デュポンは、セロファン市場において75%のシェアを有し、同社の特許ラインシーであるシルベニア社のみが競争者でした。司法省は、デュポンは市場において価格を支配し、独占しているので、シャーマン法2条に違反するとして、企業分割を求めて提訴しました。デュポンは、多くの他の包装材がセロファンと代替関係にあると主張し、これを含めた包装材市場でみれば、そのシェアは約18%に過ぎないのであるからシャーマン法2条はその適用の前提を欠くと主張しました。1審はデュポンの主張を認めたため司法省が連邦最高裁に直接上告したものです。連邦最高裁判所は、需要の交差弾力性によった市場の画定について、同じ目的にとっての消費者による合理的な互換可能性、用途、品質等の諸要素によって判断する必要があるとし、セロファンは価格的に高めではあっても、多くの包装材と同様の市場の一部になっていると結論づけ、一審判決を容認しました。本件では9人の裁判官中、2名が意見を留保し、長官を含む3名が反対意見を述べているものです。デュポンは技術情報を隠蔽し、ライセンス契約において不当な禁止徐行を課すという排除行為に従事していたのであり、画定すべき市場があるべき市場よりも広かった可能性が推認されるものです。
なお、1997年4月8日改定版のHorizontal Merger Guidelineは市場のごく一部における価格上昇を合併の単独行動による競争阻害効果として認知したため、価格上昇が可能な範囲を部分市場として画定するのに支障はないとの見解も有力になった。そのような流れの中で提起されたカーディナルヘルスとバーゲン・ブルンスウィングとの合併に対する差止め訴訟(FTC
v. Cardinal Health, Inc., 12 F. Supp. 2d 34 (D.D.C. 1998))は注意を要する事案といえます。両社は、処方箋の卸売業者の大手4社のうちの2社で、両社の合併公表後、残る2社も合併を公表し、二つの合併により市場の集中度が著しく上昇する状況が生じたものです。本件の商品市場についてFTCは、処方箋の卸売市場に設定しようとしたのに対して、被告側は処方箋の流通市場全てを商品市場として設定すべきであると主張しました。このような主張の背景としては、処方箋の一部は卸売業者を通さず、直接製造業者から大型小売店に流れ、又メールオーダーにより製造業者から小売店に流れるので、卸売業者を通じて流通する処方箋は全体の57%にすぎないという状況がありました。しかし、地方裁判所は、FTCの主張を認め、卸売市場を処方箋薬流通市場の部分市場として認定しました。独立した処方箋薬の小売店や病院の80%は卸売業者を通じて処方箋薬を購入し、その多くは、価格が引き上げられても他の流通市場からの購入に切り替えることができないと一貫して証言し、卸売業者の内部資料からも、卸売業者のみを競争者として認識し、卸売業者とのみ競争を展開していることが明らかになったためです。地理的市場について、FTCは米国全体であると同時に、ある地域市場も別市場を構成するとし、裁判所は、FTCの主張のうち、ランド・マクナレーは部分市場を構成しないとしつつ、西海岸(サンフランシスコ・ロサンゼルス・シアトル)は別市場を構成するとしました。
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