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地理的市場の画定は、供給者の事業地域、商品の特性、産業の競争の性質、当事会社間の競争の性格、需要者の購買行動等を分析することにより行われます!
企業結合に関わる問題 |
独占禁止法における考え方
企業結合審査において、一定の取引分野である市場は、商品市場を画定した後、地理的市場により絞りがかけられるという分析方法をたどります。
一般に、地理的市場が広範囲であるほど、競争者の数は多くなり、したがって当事会社の市場シェアは低く見積もられ、合併が競争に及ぼす影響は小さくなります。
地理的市場は当事会社が営業活動を行う地域を確認することから分析が始まります。供給者と需要者の双方について分析がなされますが、過去において販売を行っていた地域だけでなく、将来販売しえる地域及び需要者が購入を選択的に購入する先として合理的に転換しえる地域も含めて画定されます。生鮮品や重量物質など遠距離輸送に適しない商品の場合には、需要者にとって選択の対象となりえる範囲は地理的に限られたものになります。地理的市場についても、商品市場と同様に一部の地域が他と重なり合って広いものと狭いものの双方があります。交通網や電気通信の発達により、地理的市場は次第に広がる傾向にあります。
経済がグローバル化しているので、世界全体を一定の取引分野とすべきであるという主張はままありますが、国際市場で競争している場合であっても、日本の需要者を対象とする市場が存在しますし、そこに一定の取引分野が成立することになります。競争の実質的制限と一定の取引分野とは相関関係にあります。一定の取引分野が世界市場であるとして、そこに競争の実質的制限が生ずるかどうかではなく、いかなる市場であっても競争の実質的制限が生ずる合併は違法になるので注意が必要です。
米国反トラスト法における考え方
関連地理的市場とは、一定の製品やサービスの供給者が営業し、買手が実際にその製品やサービスを求めにいく地理的な範囲です。同一の製品市場を構成するかにみえる製品の製造業者であっても、遠隔地に存在して輸送コストを負担しなければならない等の理由により競争力がかける場合には、当該製造業者は、同一の関連地理的市場には存在しないと判断されます。関連地理的市場の画定においても、関連製品市場の画定と同様、需要と供給の代替性によって市場を画定することに変わりはないが、関連地理的市場を画定する際に考慮される特殊な要因があります。行政上の規制と輸送費用です。行政上の規制は、規制産業、たとえば金融機関の合併のような事案では、関連地理的市場を画定する上で、極めて重要なファクターとなり得る。また、輸送コストも、かかる費用が無視し得ない費用である場合には、関連地理的市場を画定する上で、重要なファクターになり得ます。
他方、Horizontal Merger Guideline Section1.21は、SSNIPに基づく関連地理的市場の確定方法について、において、以下のように述べています。
「価格差別が行われていない場合、当局は他の地域におけるすべての製品に関する販売条件が不変であるとの条件のもとで、ある地域における当該製品の現在または将来の唯一の生産者である仮想の独占者が、「小幅であるが有意かつ一時的でない価格引き上げ(“small but significant and nontransitory” increase in price)」によって利益を得ることができる地域を地理的市場として確定する。すなわち、買手が仮に確定された地域外に存在する企業に購入先を買えることによってのみ、当該地域内で行われた価格引上げに対抗することができると仮定して、その場合にどのような現象が生ずるかを考察する。他の地域にある企業が現行の販売条件のもとで、容易にこの確定された地域内にある企業の買手に対して、量的に十分な製品を供給することができる場合には、価格引上げの企図は販売量の減少をもたらし利益を生じさせない。したがって、暫定的に確定された地理的市場は狭すぎたことになる。合併によって影響を受ける地理的市場を確定するにあたり、当局は、まず合併の当事者(多数の工場を有する場合には各工場)の所在地からスタートし、その地域の仮想の独占企業が「小幅であるが有意かつ一時的でない価格引き上げ(“small but significant and nontransitory” increase in price)」を行った場合、どのような現象が発生するかを考察する。合併当事者が所在する地域において当該製品を生産または販売する仮想独占者が価格を引き上げた場合、この価格引上げによって販売量の減少が生じ利益を生じさせないのであれば、当局は合併当事者の所在地における次善の代替生産所在地域を加える。価格引上げに対する買手のあり得る対応について考える場合、当局は、以下を含めて関連するすべての証拠を考慮する。
買手が価格条件その他の相対的な変化に対応して購入地域を替えたり、替えることを考慮したかに関する証拠
売手が価格その他の競争条件の相対的な変化に対して買手が購入地域を替えるとの見込みの下に経営判断をしているかに関する証拠
買手が直面する下流市場(Downstream Market)における競争への影響
供給者を切り替える時期とそれに対する費用
価格引上げテストは、仮想独占者が拡大された地域郡を支配することができるかどうかに関してなされる。価格引上げテストを反復するにあたって、仮想独占者は、付加された地域において価格を引き上げるかどうかを決定するに際して、利潤の最大化を追求するものと仮定する。このプロセスは、仮想独占者が合併当事者の地域における独占を含む「小幅であるが有意かつ一時的でない価格引き上げ(“small
but significant and nontransitory” increase in price)」により利益を得ることができる地域郡が確定されるまで続けられる。「最小市場」の原則が製品市場の確定と同様に適用される。価格引上げが仮定される「小幅であるが有意かつ一時的でない価格引き上げ(“small
but significant and nontransitory” increase in price)」、買手の代替品への切り替えはすべて、製品市場の確定の場合と同じ方法により決定される。」
Horizontal Merger Guidelineにおける関連地理的市場の画定を参考にする上で、実務上注意すべき点が1点あります。それは、Horizontal
Merger Guidelineでは、関連地理的市場を画定する際の供給の代替性についての検討、すなわち、新規参入の可能性を、合併が禁止される市場集中に対する抗弁事由として位置付けている点です。これは、SSNIPテストに基づく論理的帰結ではありません。寧ろ、ハーバード学派的な産業組織論の影響とみるのが穏当でしょう。
ハーバード学派では、産業組織を市場構造・市場行動・市場成果に類型化して、市場構造(S)→市場行動(C)→市場成果(P)という因果関係があると考えます。市場集中度の高い(低い)競争的市場では利潤率が高い(低い)という仮説を立てます(集中度ー利潤率仮説)。寡占的・独占的産業における企業間の共謀や協調的行動あるいは高い参入障壁に守られた競争制限的行為のため超過利潤が発生するためであるとします。
市場構造が集中的であることから一定の効果が推認されるとすることから、参入可能性といったその効果を減殺する事情を抗弁に位置づけることとなることと思われます。
EU競争法における考え方
EU競争法上は、地理的市場の画定においても、原則として代替性の有無によって市場を画定することに変わりはありません。ただし、地理的市場を画定するにあたって、行政上の規制や輸送費用の差異によって競争者間の競争条件が異なることになる場合においては、行政上の規制や輸送費用は関連市場を区分する効果を有します。前者の問題は欧州連合加盟国の政府規制の問題でもあります。行政上の規制により地理的市場が画定される事例は、米国反トラスト法と比べて多いのが実情です。行政上の規制や政府規制により地理的市場が画定された典型例が著名なUnited
Brands事件です。同事件では、フランス、イタリア及びイギリスが関連市場から除外されていますが、その理由は、フランスでは特別な輸入制限、輸入割当制、政府の小売価格監視制度などの価格に対する規制があること、イギリスでは旧植民地に対する優遇措置があること、イタリアでは、バナナに対する高関税と割り当てによる輸入管理が行われているこで、これらについて、それぞれ考慮対象としました。
輸入費用による市場画定の典型例は著名なMichelin事件です。同事件ではタイヤの輸送費用が、商品価格の重要要素を構成しているとして、連合全体を市場としてみるのではなく、オランダのみを地理的市場として画定しました。輸送費用の問題は労働コストと関連すると分析されることもあります。労働コストそれ自体は地理的市場を画定する要因にはならないとするのがEU競争法の実務ですが、立地の理由が安い労働コストにあって、輸送費用の増加分は安い労働コストにより相殺される場合には輸送コストの増加は地理的市場を画定する要因にならないと分析されることがあります。
欧州委員会は、2024年2月8日、改訂版の市場画定告示を公表しています。そこでは、欧州委員会は、輸入の存在は、必ずしも、欧州連合を超えて地理的市場を画定する要因になるわけではないものの、代替性分析の結果、市場の外縁が欧州連合を超得ることを認めています。なお、輸入の存在や供給量の増加の可能性は、市場画定後の有効競争の阻害性分析の段階でも考慮されるとしています。また、これは、弊職が2006年の書籍で指摘していたことですが、いわゆるプラットフォーム相互間に代替性が乏しい場合には、プラットフォームそのもので市場が画定されることについても言及しています。
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