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市場占有率が70%を超えても、直ちに企業結合が禁止されるという帰結にはなりません!
企業結合に関わる問題 |
企業結合が認められるか否かは、企業結合により、「競争を実質的に制限することとなる」か否かにより判断されます。
無論、市場占有率が70%を超える場合には、構造分析の観点からは実質的競争制限が発生する場合が多いという帰結が導かれるとはいえますが、他方で、企業結合後の市場占有率が70%を超えたとしても、「競争を実質的に制限することと」ならない場合であれば、企業結合は認められます。
日本の企業結合規制は、概ね1998年頃までは、極端な市場構造規制説を採用しており、上位三社のシェア70%以上の事例で承認を得ることが困難であり、新規参入や輸入圧力などを余り考慮しない運用をしていましたが、2000年以降の企業結合審査では徐々に改善傾向にあります。
1999年の原子炉用原子燃料についての共同事業の事例では、沸騰水型原子炉用の原子燃料(「BWE燃料」)の国内販売シェアが約70%に達するGE、日立製作所、東芝による共同出資会社の設立に対して、公正取引委員会は承認する判断を出しています。この件では、海外の供給者は、国内の競争者と同等の技術水準にあり価格競争力を有しているものの、電力会社は海外のBWE燃料について厳格な審査なしに導入することはないので、海外の供給者が国内の供給者とは必ずしも同一の競争条件にあるとはいえないとしつつ、需要者である電力会社は、規制緩和の流れを受け、より競争的な購入方法への変更、海外の供給者も参加する前提で競争入札を実施しており、今後も、輸入品の品質が確認された段階で供給者間の競争をより直接的なものにしていく方向で購入を検討しており、統合が実施されても製品価格が上昇するなどの悪影響は想定されないとして、実質的競争制限を認定せず、条件付きで共同出資会社の設立を認めました。なお、公正取引委員会が付した条件は以下の通りです。
・海外の供給者のBWEの輸送に関して、海外の供給者又は電力会社から要請があった場合には、輸送容器の貸与及び運搬に協力すること
・電力会社が自ら炉心管理をすることについて、電力会社からの要請に応じて自営化に協力すること
・電力会社から要請があった場合、当事会社が原子炉メーカーとして有しているBWE原料の競争入札において、入札に必要なデータを供給者に開示し、設計について情報を必要な供給者に適切な対価で開示すること
他方、日本楽器事件において、公正取引委員会は、日本楽器が河合楽器の株式の24.5%を所有しており、両社を合わせた市場占有率がピアノで70%になることを主な判断要素として、ピアノ、オルガン、ハーモニカの各市場での競争制限が発生すると認定しました。その上で、構成取引員会は、河合楽器の株式所有比率が約9.5%以下になるように保有株式を処分するよう命じました。
米国反トラスト法の企業結合審査については変遷があります。1963年のPhiladelphia National Bank事件における連邦最高裁判所判決は、企業集中による違法推定という手法を採用し、合併による競争阻害効果が発生しないことを示す明確な証拠がない限り、合併による集中度の重大な増加は競争が実質的に減少することを推定するものであると明言したものです。この論理は、日本の公正取引委員会が採用していた市場構造規制説に親和性のある論理で、合併後の合計シェア70%以上の事例では、承認を得るのは難しいと評価されていました。他方で、このような違法推定の論理は、シカゴ学派から厳しく批判されることとなり、U.S.
v. Baker Hughes, Inc., 908 F.2d 981 (D.C. Cir. 1990)では、違法推定原則を覆すために被告側に明確な立証、証拠の優越に達するまでの立証が求められるわけではないと指摘をしています。FTC
v. H.J. Heinz Co., 246 F.3d 708 (2001)では、まず、FTC側の証拠を調べる必要があるとしており、違法推定原則自体は維持しているものの、FTC側の主張を裏付ける競争阻害を示す証拠がない場合には、HHI2000から2500レベルでは、被告側の反証により、違法推定を覆す実務を展開しており、違法推定原則の推定の程度は緩和されてきました。
ところが、2023年12月18日付けの改訂版の合併ガイドラインでは、水平的企業結合について、以下の場合には違法性が推定されるとして、これまでの緩和された違法推定原則ではなく、厳格な違法推定原則を採用しました。
・企業結合後にHHIが1800を超え、かつ、HHIの増加が100を超える場合
・HHIの増加が100を超え、企業結合の当事者が競合する市場における企業結合後の当事者の合計の市場シェアが30%を超える
上記は、経済効率最優先、消費者利益の最大化を重視するシカゴ学派から、中小企業の保護、市場の非寡占的構造の維持も考慮に入れるネオ・ブランダイス派という思想に、反トラスト法の競争哲学が変遷しつつあることを反映したものです。ネオ・ブランダイスの思想にも批判はありますが、改訂版の合併ガイドラインやそれに基づく政府執行は現実化しつつあることに留意を要します。
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